Vita-min(ビタミン)
題字:クレレナ
看板ねこさん

今宵もあのひとに会いに、店ののれんをくぐれば、「いらっしゃいませ」。
温かくて粋で凛々しい、いつもの笑顔で迎えてくれる、そんな素敵な女性たちが切り盛りする「おんなごはん」の物語を綴っていきたいと思います。

「おんなごはん」第4回 
魚は大分、野菜は東北・大阪から。
素材の声にみみをすませたくなる引き算の料理

パズルがはまった瞬間、動き出した!

油を吸って、つやつやに輝くなすの美しさに目を奪われる「千両ナスゆずみそ」(700円)

油を吸って、つやつやに輝くなすの美しさに目を奪われる「千両ナスゆずみそ」(700円)



 奥さんの言葉が、いつまでもふたりの頭をリフレインのように鳴り響いていた。
「店をやりたい。自分たちの店を」
 さらにふたりの背中を押したのは、そのころに出会ったおいしい純米酒たち。当時は、日本酒といえば大手酒造メーカーのつくる醸造アルコールを添加した「清酒」が主流。それがある酒屋で兵庫の「富久錦しずく酒」を勧められて、もともと酒好きの秀嗣さんは飛び上がるほど驚いた。
「いままで飲んでいた日本酒とぜんぜん違う。香りも味も、なんておいしいんだ」
 最初に秀嗣さんが入れあげた純米酒の世界に、それほどお酒を飲まないえっちゃんも虜になった。
 えっちゃんの料理と厳選した純米酒。
 もやもやとしていた人生のパズル。そのピースがぴたりと組み合わさった瞬間だった。
「よっしゃ。店、やったろやないか!」
 建具職人の父上の生一本の血を受け継いだえっちゃんは勢い込んだものの、物件探しをはじめると、すぐに厳しい現実をつきつけられた。
 運転資金とは別に、物件にかけられる予算は500万円。しかし、どの物件も権利金と保証金を合わせると1000万円以上必要なところばかり。予算の倍額の提示に、さすがのえっちゃんも足がすくんでしまったという。
 しかし、ここでもまた「店へ」の追い風が吹く。秀嗣さんの勤めていた会社の大阪営業所が閉鎖することになったのだ。
 窮すれば通ずるという。夫婦ともに無職まであと三週間という段になって、南船場(みなみせんば)に物件が出てきた。最寄り駅は長堀橋か心斎橋。飲食店激戦区の繁華街から、少しはずれているのもいい。
 当初、この南船場の物件に秀嗣さんは難色を示した。権利金と保証金で500万円かかる。物件予算いっぱいでは、運転資金の捻出は厳しいと考えたのだ。
「いや、値切れる。交渉すればなんとかなるわよ」
 えっちゃんは一歩も引かなかった。勝負を賭ける覚悟を決めていたのだ。その気迫に押されて、秀嗣さんも腹をくくり、8・4坪のその物件に決めた。交渉は成功し、保証金も350万円にしてもらった。最初の物件探しから、じつに7カ月が経過していた。