Vita-min(ビタミン)
題字:クレレナ
看板ねこさん

今宵もあのひとに会いに、店ののれんをくぐれば、「いらっしゃいませ」。
温かくて粋で凛々しい、いつもの笑顔で迎えてくれる、そんな素敵な女性たちが切り盛りする「おんなごはん」の物語を綴っていきたいと思います。

「おんなごはん」第3回
リストランテ級の素材にこだわり、
気軽な価格と直球な味で楽しませるイタリア酒場

4年半のイタリア修業から、ふたたび澤口シェフのもとへ

壁一面のメニューは美樹さんの手描き。どれも想像力を駆り立てるネーミングだ

壁一面のメニューは美樹さんの手描き。どれも想像力を駆り立てるネーミングだ


『ラ・ゴーラ』では2年半修業を積んだが、怒鳴られ続ける日々に辛抱の糸はもう限界まで張り詰めていた。ある些細なことで怒鳴られ、「もうやれない」と気持ちを固めた。
 辞めて数日後、ふたたびイタリアに飛んだ。
「1年イタリアにいただけで、それがなんなんだと、言われたのがずっと引っかかっていて。じゃあ、もっとじっくりイタリアで学ぼうと思ったんです」
 ヴェネツア・ジュリア州のリストランテを皮切りに、ピエモンテ、プーリア、ミラノ、トスカーナ、シチリアをまわり、それぞれの地方料理を学ぶ。鹿肉や野鳥の面白さに目覚め、1皿に数十もの行程を必要とする伝統料理に魅了された。一方で、庶民的なトラットリア料理にも興味を抱き、そこでパスタの奥深さを知った。
 無我夢中でイタリア料理を吸収し、あっという間に4年半の歳月が流れた。
「日本に帰ろう、そう決めたのと同時に店を開こうと思った。独立したいというより、自分が学んだ料理を純粋に披露したいと思ったんです」
 帰国の挨拶に、閉店した『ラ・ゴーラ』のすぐそばに、新しいリストランテ『アモーレ』を開いたばかりの澤口さんを訪ねた。「その翌日から、アモーレで働いてましたね」と美樹さん。ふたりは切っても切れない強い縁でつながっているようだ。

 4年半のイタリア修業を経て、30歳になった美樹さんは「体力とともに、経験値も上がって、いちばん脂の乗っていた時期だったかも」と言う。
 『アモーレ』では、澤口さんの助手として料理の腕をふるった。仕込みや下ごしらえでなく、自分がつくった料理をお客さまに食べていただく充実感は大きかったが、澤口さんとふたりで営業しなければならない環境は、体力的に極めてハードだった。
「料理だけやっていればいいのではない。給仕も、皿洗いも掃除も、レジの管理も、食材の発注も、レストランにかかわる仕事は、全部やらなくてはなりませんでした。毎朝10時に出勤し、帰れるのは深夜の3時過ぎ。くたびれて、店に泊まるのもしょっちゅうでしたね」