Vita-min(ビタミン)
題字:クレレナ
看板ねこさん

今宵もあのひとに会いに、店ののれんをくぐれば、「いらっしゃいませ」。
温かくて粋で凛々しい、いつもの笑顔で迎えてくれる、そんな素敵な女性たちが切り盛りする「おんなごはん」の物語を綴っていきたいと思います。

「おんなごはん」第3回
リストランテ級の素材にこだわり、
気軽な価格と直球な味で楽しませるイタリア酒場

直球すぎるほどに直球な爽快感

アンチョビバター(900円)。イタリアではつきだしがわりに出てくる一皿

アンチョビバター(900円)。イタリアではつきだしがわりに出てくる一皿


 初めて訪れたのは、2カ月ほど前。かねてから信頼のおける食通筋から「あそこはヤバイよ」だの「衝撃を受けた」だの、尋常でない噂を耳にしていた。どうやらすごいらしい。何がどうすごいのかわからぬまま、数度目の予約でやっと訪問が叶った。

 注意していないと見過ごしてしまいそうな控えめな外観。ああ、ここかとガラス張りの扉を開けると、外の静けさからは想像のつかない活気が店内を満たしていた。にぎやかな3人組の女性、スーツ姿の陽気な男性2人組、パスタを一心不乱に食べている若い男の子、グラスワインをゆったり傾ける大人の女性。みな、思い思いに楽しんでいる。いい空気だなあ。

 案内されたのは、料理人の手元がしっかり見える厨房前。いきなりの特等席に、ひそかに胸が高鳴った。
 メニューは壁一面に備えつけられた大きな黒板に、踊るような文字で書かれている。
 アンチョビバター、白いんげん豆、白アスパラ。どう調理されているんだろう。飾り気のない名前は、逆に想像力を駆り立てる。
 ハムカツ? 豚ボール? ミートソース? イタリアンにそぐわない庶民的な名前のものまである。
 じっと凝視しているうちに、挑戦的にも見えてきた。
「なにはともあれ、アンチョビバターを食べてみて」
 食通筋の教えにしたがい、まずはそれをいただいてみよう。

 で、冒頭の驚きに遭遇。これは、と居住まいを正し、その後「野生ルッコラのサラダ」をお願いする。

野生ルッコラのサラダ(600円)。ルッコラは千葉産のものを厳選

野生ルッコラのサラダ(600円)。ルッコラは千葉産のものを厳選



 運ばれてきたものを見て、ふたたび驚いた。
 緑濃いルッコラ(セルバチコ)がわしゃわしゃと山になっている。ほかの野菜は一切なし。直球勝負だ。フォークでざくっと取って頬張ると、苦みと辛味、土の香りが駆け抜ける。味つけはオリーブオイルと塩とビネガー少々。引き算の調理ゆえ、素材そのもので勝負ということなのだろう。
 150キロの速球でストレートをズバンと投げられた爽快感だ。

「いろいろ混ざっているより、ルッコラだけを食べるほうが贅沢じゃないですか」
 強いまなざしが印象的な美樹さんが手を動かしながら言う。
 うなずきながら、これはある意味、新しい「贅沢」の提案なんだなと思った。よほど素材に自信がなければ、ここまでシンプルに提供できないだろうから。