「みんなが楽しい店」をめざして
物件取得から3カ月後、5月の爽やかな季節に[YO-HO]はオープンする。
その前日の夜、知津さんは朋子さんにメールした。
「明日出航ですね」
すると、朋子さんからこう返ってきた。
「そうですね! ロマンと波乱あふれる大航海へ遂に」
なんてくさいヤツ。知津さんは苦笑しつつ、じわっと温かい気持ちになった。そういうところ好きだな。そう思ったら、緊張がほぐれた。
そして、出航から9カ月がたった。まだまだ順調とはいえない。満席御礼で嬉しい夜もあれば、すっかり凪いで静かな夜もある。お客が入らない日が続くと不安にもなるが、そんなときは気分を切り換えて、知津さんはDIY隊長よろしく工具を取り出して内装に手を入れ、タテパンマンは新作を練る。早仕舞いして、ふたりで飲みにいくこともある。
逆に忙しすぎて、まともに休みをとれていないとき、ふだんはもめることのないふたりが、ピリピリしてぎくしゃくすることも。
「一度ものすごい気まずい関係になったときがあって。お互い顔を合わせて仕事するのがしんどかった。マズイなと思って臨時休業にして建部と飲みにいったんです。もめた原因はもうどうでもよくて、お互い楽しくないとお客さんも楽しくないよね。だよね。って意見が一致。それで終わり(笑)」
もめても、すぐに修復できる。後腐れがない。「また明日から楽しい店にしよう!」と握手&ハグを交わし、笑顔に戻れるふたり。なんとも爽やかではないか。
ふたりには、店をやろうと決意したときから大切にしているコンセプトがあった。
「みんなが楽しくなる店」
明快であることこのうえないが、どんなひとも、どんなときでも楽しめる店というのは、言うほど簡単ではない。でも、ここに集うひとはみな「居心地のいい店」口を揃える。
あるとき、カウンターで飲んでいたら、女性がひとりでふらっと入ってきた。
同じひとり飲み同士、話をするうち、仕事関係者の理不尽な言葉が許せないと語調がきつくなった。激しい言葉で相手を罵り、一瞬、かたい空気が流れかけた。そのとき、
「いやなやつって、どこにでもいるよね。そういうときはうちに来たらいいよ。サンドバッグがふたつあるからさ」
笑いながら、知津さんが言った。女性はパッと笑顔を取り戻し、
「そうよね。ここで楽しい時間過ごして早く忘れちゃおっ」
そのあとは、さっぱりしたようにたくさん笑って飲んで、「あぁスッキリした!」と言って帰っていった。
知津さんはさらりと、まるで水でも差し出すかのように自然にそう言ったけれど、自分が健やかじゃないと、こんなふうにさりげなくふるまえないのではないだろうか。
職人タテパンマンは多くを語らず、この女性客から以前リクエストされていたパンの試作品をつくって、すっと彼女の前に差し出した。
「ええ! もうつくってくれたの? わたしのために?」
うふふとタテパンマン。
ふたりのさりげない心づかいが爽やかで、この夜のお酒はいっそうおいしかった。