ごはん党をもとりこにするパン
ひょいっと横浜まで。野毛のまちに繰り出せば、楽しい夜は約束されたも同然。
カウンター席が空いていたらラッキーと、ふたりの前に陣取って、ボトル1800円からの旨安ワインを開ける。朋子さんが丹精込めて毎朝焼き上げるパンを選び、知津さんのパンとワインに寄り添う小皿料理をつまむ。迷わずいつも頼むのが、ほぼ日替わりの「おばんざい3種」だ。
「これで600円!?」
パンの店なのに、京都の“お総菜”を意味することばからとった名前がちぐはぐで微笑ましいと油断していたら、大盤振る舞いすぎるボリュームにのけぞった。
記憶をたどると、あるときは、タラモサラダとシーチキンディップ、黒オリーブのカレー。あるときは、アンチョビポテトサラダ、ポトフ、プチグラタン……。この凝りすぎない、デイリーな「おばんざい」が[YO-HO]らしい。なんというか、ホッとするのだ。毎日でも食べられそうって。
とはいえ、やっぱりここはお店。おばんざいだけでなく、ほかのメニューもにくらしいほどに、パンとワインが欲しくなる。クリームソースたっぷりのニョッキも、ガーリックオイルにマッシュルームが溺れるアヒージョも、季節で具が変わるグラタンも、パンに塗ったり、載せたり、浸したりして食べると、満足度がぐぐっと底上げされる。
パンならなんでもいいわけではない。「ワインに合うパン、お酒が進むパンを」と、粉や水の配合を微妙に加減し、酒飲みが喜ぶパンに昇華させた朋子さんのパンがあったればこそ、だ。
あるとき居合わせた男性が言っていた。
「最初、パンで酒なんか飲めるかって思ってた。でもここのはビールでもワインでもスピリッツ系でも合う。ふだんからメシは白米派だし、自分のなかでパンはいちばん遠い食べ物だったんですけどね」
彼は帰り際、明日の朝飯用にと言って、クロックソレイユとソーセージパンを買っていった。
ごはん党の酒飲みをもやみつきにさせる。それが朋子さんのパンというもの。人気のベーカリーの傾向は、バゲットに穴のあいているような軽いタイプのようだけれど、こちらのパンは密度が高く、ずしっと持ち重りがする。そのきめ細かなやわ肌にかじりつくと、しっとりとした食感がやさしく、いつまでも食べていたい甘い誘惑に駆られる。
パン職人朋子さんのことを、知津さんは時折「タテパンマン」と呼ぶ。朋子さんが「わたしにはパンしかないんです!」と高らかに宣言したことから命名されたのだが、たしかに彼女はパンひと筋。しゃべるのは得意じゃないと本人が言っていたとおりかもしれないが(失敬!)、パンにかけてはなみなみならぬ想いと自信がある。
「休みの日に、自分の焼いたパンを食べるとホントにおいしいなあって。こんなにおいしいんだから、店はたぶんいけるだろうなんて(笑)」
朋子さんが照れながらも言うと、
「この人、ナルシストなんですよ。お客さんからパンのことほめられると、ニヤケ顔がかなり気持ち悪い(笑)」と知津さんが突っ込む。このコンビ、明らかに知津さんツッコミ担当、朋子さんボケ役である。
しかし、タテパンマンのパンは、その自信に違わぬ味だと思う。いったいどんなキャリアを積んで、この味にたどり着いたのか。扉を開けた瞬間から、誰もがしっくりなじむこの空気はどうやってつくられるのか。客がやいのやいのと[YO-HO]自慢をしている間、どこまでも飄々としているおふたりさん! 聞かせてください、あなたたちの物語を。