おんなひとりにとって、居酒屋や定食屋のチェーン店ではなくちゃんとしたごはんが食べたい、できれば、ただ腹を満たすだけでなく、お店のひとと少し話したりしてしばしくつろぎたい————。そんなささやかな希望をかなえてくれるお店は意外や少ない。そこに女神のごとく登場した[やくみや]は移転オープンするや、ゴールデン街時代の客も新規の客も少しずつ増え、2年めに雑誌に大きく取り上げられると、一気にブレイク。ひとり女子から女性グループはもちろん、ざっぱくな居酒屋に飽きた男子や酒食にちょいとうるさい紳士諸兄まで、カウンター7席、テーブル席8〜10席の店内は連日にぎわい、予約もとりにくい繁盛店となった。
しかし4年めの今年、東日本大震災以降、「いまは辛抱どきだね」という時期をむかえる。まわりの飲食店を見渡せば、1品300円前後の低価格帯の居酒屋や新興バルの業態が雨後の筍のごとく乱立し、流行っているといえばそんな「ビジネス寄り」のところばかり。でも、ふたりは自分たちのスタイルを貫き、なにかにおもねるようなことはしない。自分たちが信じる世界で勝負しようと決めていた。それも軽やかに。その媚びない美学、気概にふれて、これがプロ意識というものかと思った。
いまはたしかに厳しいかもしれないけど、ふたりには「これでいい」と胸を張れる自信があるのだ。その自信のみなもとは、お客さんからいただいたもの。開店時から通ってくれている上品なご夫婦から言われたという。おいしいとか、接客がきちんとしているとか、店が清潔といったことは最低条件で、なぜ[やくみや]を選ぶかというと、
「結局、最後はひとなんだよ」
と。最高のほめ言葉じゃないだろうか。
「ふたりでよく話すんです。ただおいしいだけじゃひとは来ないよねって。繰り返し来ていただくためには、そのうえになにかがなければ。それが相手に合わせたおもてなしだったり、当たり前だけどオーダーをいただいた順にお料理を出すとか。友だちだからといってあからさまに親しげにしないとか。そういうことを誠実に積み上げていけば、時間はかかるかもしれないけど、[やくみや]をひいきにしてくれる方が確実に増えていくんじゃないかって、ね」と朝子さんが佐和さんに水を向けると、そうそうとうなずく。
うんうん、わかる。自分が何度も行きたいと思う店はまさにそう。加えて、[やくみや]では、ひとり向けに量をハーフサイズに調整してくれたり(日本酒も半合から頼めます)、肉が苦手な人にお通しをかえたりと、きめ細やかなサービスがうれしい。「できることは可能なかぎりお応えしたいんです」と、佐和さんが自分に言い聞かせるように、引き締まった表情で言う。