荒木町に誠実な仕事ぶりが光る
おんなごはん、あり

そんな荒木町、夜な夜な酔人たちでにぎわう杉大門通りの一角にブルーの看板がひときわ清々しい「おんなごはん」がある。林佐和さん(40歳)と石塚朝子さん(39歳)のふたりが迎えてくれる[やくみや]だ。
陽がかたむき、今晩のごはんはどうしようかなと浮いた気持ちになる時分、きまってわたしの頭を占めるのは、「[やくみや]のおだしのきいた煮浸しやお椀もの、ぬた、白和え、お刺身、焼き物、煮物、土鍋ご飯……ああ、食べたい!」という煩悶。遅くとも「ラストオーダーよ」の23時までにすべり込めれば、間に合ってよかったと胸をなでおろす。あ、断っておきますが、営業時間は18時から24時までなのだから、早いうちに行けるときはもちろん喜び勇んで参ずるのだが、ギリギリの時間に駆け込む夜もあるのです。
まともな料理をする時間がとれず空腹を満たすだけの食事が続いていたり、逆に、ご馳走続きで胃腸が疲れているとき、あるいは、うれしいことがあって、今日は自分にご褒美をあげたい。そんなときに駆け込めば、「はぁ、おいしい。しあわせ」と素直に満足させてくれる。それがここ[やくみや]のごはんとお酒なのだ。
佐和さんのすらりと美しい包丁さばきから繰り出される一皿一皿は、どれもきっちり丁寧に仕込まれていて、火のとおり加減も味の決め方もこれがほどよい塩梅で、「おいしい」と口にする回数がどんどん重なってゆく。
佐和さんの料理の特徴は、「だし」にあると思う。おひたしや煮浸しはしっとりだしに浸かっていて、わたしはいつも行儀悪いと知りつつも、器に口をつけて飲み干してしまうし、好物のアクアパッツアも、かなりの量のだしをレードルで魚のくつくつ煮えるなかに投入しているのを目撃し、なるほど、イタリアンで食べるアクアパッツアとは一線を画す味だと思っていたが、「だしの力だったか!」と合点がいったことを憶えている。
「京都はだしの文化」とよく聞くが、「東京は……」とはあまり耳にしない。正統な割烹料理にでも行けばきちんとだしをとるのは当たり前だけど、普段づかいのお店で、ああ、ここはだしがきいていておいしいな、と思えるところは案外少ないのではないだろうか(わたしの知る限りですが)。
だしがほんのり香り、素材を活かした繊細な味に合う酒は、ワインソムリエときき酒師、焼酎アドバイザーの資格をもつ相方の朝子さんが選んでくれる。全国各地の銘酒から厳選した日本酒は、千葉の〈不動〉や、福島の〈飛露喜〉、静岡の〈開運〉、山形の〈東北泉〉など、どの銘柄も食事に寄り添うようセレクトされていて、「華やかさがありながら、キレがよい」とか、「燗につけると酸が際立ちますよ」とか、説明を聞いているだけでも楽しい。
ワインは国産ものに力を入れていて、ときおり彼女が応援するワイナリーを特集した「国産ワイングラスフェア」なんて粋な催しをすることもあるから、お店のブログは要チェックですよ!
いい店は、お客とお店の間合いがほどよい。高揚した気分で、話し相手になってほしいときは適度に水を向けてくれるし、反対にくたくたで、あるいはやんごとない事情があって今日はだまってひとりで飲みたいの、というときは察して放っておいてくれる。それもさりげなく。この距離感も店の魅力のひとつと、わたしは思うのです。[やくみや]もそんなお店。居心地のいい空気と、お料理もお酒も一本筋の通った味わいに惹かれてやってくる客は年齢層も職業もじつにさまざまで、店の包容力をあらわしているのだなあと感心してしまう。
わたしの好きな席はカウンター。ふたりがきりりとはたらく姿を目の端におきながら、ちょいちょいつまみ、じっくりやるのがいいのです。